私的感想:本/映画

映画や本の感想の個人的備忘録。ネタばれあり。

『生物と無生物のあいだ』 福岡伸一

2008-01-11 20:52:46 | 本(理数系)

「生命とは何か」という生命科学最大の問いに、いま分子生物学はどう答えるのか。歴史の闇に沈んだ天才科学者たちの思考を紹介しながら、現在形の生命観を探る。分子生物学者の手による科学ミステリー。
第29回サントリー学芸賞<社会・風俗部門>受賞作。
出版社:講談社(講談社現代新書)


生物と無生物のあいだにある違いは何なのか。そのような高尚なテーマで最先端の研究内容が紹介されたものかと思っていたが、どちらかと言うと、著者の駆け出し研究者時代のエピソードや科学者たちの紹介、その研究内容についてさらっと触れるといった内容である。
そのためやや肩透かしを食った気分だが、中身そのものは知的好奇心をそそられるものばかりでおもしろい。月刊誌での連載ということもあってか、各章ごとの引きが絶妙にうまく、次はどういう話なのだろう、と興味をもって読み進むことができた。
エピローグの詩的な美しさといい、著者の文章センスの高さに感嘆する。

エピソードの中では、著者のポスドク時代のエピソードが良い。大学院のときに、研究室に入っていたので、彼のポスドク時代の話には興味をそそられるものがあった。
GP2に関する研究の裏話や焦りは切羽詰った感じが読み取れておもしろいし、ノックアウト実験での予想外の結果のエピソードも、実験を行なっていたときの苦々しい記憶を呼び起こしてくれる。
pHによって膜の形が変わるという話題は、分子スイッチを研究していたこともあり、個人的な興味を強くかき立てられた。

また科学者と実験の紹介も、僕の知らない内容がほとんどで、楽しく読むことができる。
そこで、特に印象に残ったのは著者のアンサング・ヒーローに注ぐ眼差しのあたたかさだ。
DNAが遺伝物質と発見したエイブリーや、DNAの二重らせんの重大なヒントを手にしながら、生前にちゃんとした評価を与えられず、小バカにされるフランクリン、自殺してしまったシェーンハイマーなど、紹介する著者の言葉は優しい。
彼らの存在を知らなかった身としては、著者の態度に共感することができる。

またここでは生化学の知らなかった事実を紹介されていて、それも興味を持って読むことができる。
特に生物と無生物のあいだを分ける答え、生命とは動的平衡にある流れである、という結論には目が覚めるような思いがした。日々我々の体が分子レベルで更新されているという事実には、知らなかっただけにその驚きはきわめて大きい。
またシュレディンガーの問い、生物が原子よりも大きい理由はなぜか、というのもまったく思いつかなかった分、知的に興奮するものがある。
ラストの方のエピソードもおもしろい。ノックアウト実験で、遺伝子を欠損させても、それを補うことができるという驚くべき事実も、一部を欠損させたときに異常が現われた、という事実も生命というものの不可思議性を伝えてくれて、ある種の感動すら覚える。
生物というのは実に優れたシステムを持っているのだな、と思い知らされた。

生化学は身近な世界だが、知らないことにあふれている。本書はそんな世界を垣間見せてくれる。
読み物として実に優れた作品だ。

評価:★★★★★(満点は★★★★★)

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